――1569年7月。
三浦家が三村領・備中松山城へと侵攻。三村軍と城下で衝突します。
この戦では三浦軍が挟撃をしかけ有利な状況です。しかし、三村軍を率いる上野隆徳は奮戦。苦戦を強いられます。
※倍近い兵力差をもろともしない上野隆徳隊。三村家の被害216に対して、三浦家は329。挟撃をしかけた三浦軍のほうが被害が大きいというありさまとなった。
上野隆徳隊は、たくみな戦術で三浦軍を圧倒します。
しかし、最後には三浦軍が数で押し切りました。4度の衝突によって隆徳隊は壊滅。牧良長は隆徳を捕縛します。
※敵将捕らえたり! 敵主力武将の捕縛できたことは非常に大きい。
城攻めを前に思わぬ反撃を受けた三浦軍ですが、ここで立ち止まりません。備中松山城の包囲をはじめます。
さらに高田城から牧国信が100の兵を率いて出陣し、包囲軍に合流しました。
※山を越えて、牧国信が駆けつけた。貞広は「兵が足りぬ……」と嘆いている。
勢いに乗る三浦貞広は一気に勝負をつけることにしました。攻城戦「備中松山城の戦い」の開戦です。
ここの要約:敵の兵を0にすれば勝ちです
包囲中の攻城戦では、敵の城兵が全て出陣します。
攻城戦で敵部隊を全滅させたうえで「合戦の中止」をすると、即落城となります。
城を守る敵兵は城門に隠れますが、戦国立志伝では、城門をすり抜けて攻撃が通ることがあります。門越しでも、敵部隊を全滅させることはできるのです。
今回は三浦軍か三村軍、とちらかが全滅した時点で、攻城戦を終了とします。
三村軍を全滅させられれば、三浦軍の勝利です。
ただ敗北した場合は、兵の再確保に時間がかかるだけでなく、武将が討ち死に・捕縛される不安もあるので、一種の賭けになります。三浦家はただでさえ人材が少なく、討ち死にとなれば死活問題となるからです。
備中松山城の戦い
三浦軍 VS 三村軍
各軍の部隊
三浦軍(兵数540)
武将名/ 統率/ 武勇/(兵数)
- 三浦貞広/ 57/ 50↑/ (236)
- 牧国信/ 64/ 54↑/(204)
- 牧良長/ 63/ 66↑/ (100)
三村軍(兵数307)
武将名/ 統率/ 武勇/ 知略/ (兵数)
- 庄高資/ 55/ 52/ (103) 北門に配備?
- 三村元範/ 54/ 60/ (103) 本丸に配備?
- 石川久智/ 54/ 46/ (101)東門に配備?
敵部隊の状況は大体しかわからないので、どこに配備されているのかは不明です。
状況確認など
勢いで攻城戦をはじめましたが、山城は非常に堅い。さらに堅城・備中松山城となれば苦戦が予想されます。
城攻めの際は櫓により、かなりの被害をうけます。おそらく、この少数の部隊では、油断すればすぐに撤退してしまうでしょう。
特に北門は櫓の配備が多く、攻略が難しくなっています。
まずは守りの薄い、東門の攻略を優先します。
※櫓は東門2基に対し、北門は4基も配備されている。櫓を選ぶと、円状になった攻撃範囲が表示される。被害をおさえるために、これを避けながら戦う必要がある。
この戦で頼みとするのは、三浦軍の総大将・三浦貞広の 戦法“挑発”です。これをうけた敵部隊は、挑発した部隊へと向かってきます。
※当主・三浦貞広。挑発が戦法となっている。外交工作につとめた結果、知略が+6にまで成長した。(いつの間に)
戦い方としては基本的に貞広の挑発で城門を守る敵をおびき出し、城外にでてきたところで攻撃、全滅を狙います。
また、牧国信の副将・中村則治の戦法は敵を同士討ち状態にする”離間”です。敵部隊が重なったら、離間による同士討ちも狙っていきます。
この戦で幸いなのは、牧良長が野戦で敵の主力武将・上野隆徳を捕らえたことです。隆徳が出陣できないことは、三村側にとってかなりの戦力低下になります。
攻城戦がはじまりました。
まず三浦軍3部隊は、東門へと向かいます。
城門に到達すると、貞広隊が無事に敵将・石川隊を発見。すぐにでも挑発をしかけたいところですが、まずは牧良長が背後から激励をかけます。
※激励をすると、オレンジ色をした◯の範囲にいる部隊の守備力が上がる。
続いて激励をうけた貞広が挑発を発動。それから、敵を誘導するために後ろに引き下がります。
※「決着、つけようではないか(挑発)」 久智隊を挑発する貞広。君臣の役割があきらかに逆で、おかしい気もする。
挑発に乗った石川久智は城門を放棄して貞広隊へと向かってきました。そこを3部隊で攻撃。撃破に成功します。
しかし、石川隊を撃破するころには、貞広隊の兵数は60ほどに減少。3分の1以下になりました。
※この後も櫓による矢の雨をうけた。東門にたどり着き、防衛している部隊に挑発をしかけられるか微妙なところ。しかけられない場合は敗北が濃厚になる。
続いて、さらに守りの堅い北門へと進む必要があります。
※敵の位置情報がわからないので、そもそもそちらの門の後ろに居るかが問題。もしも居なければ矢の喰らい損となってしまう。
貞広たちは兵を減らしながらも、北門に到達。北門を守る三村元範隊を発見します。
壊滅寸前の状況で、貞広は言葉なき挑発によって敵をおびき寄せます。
さらに副将・貞盛も戦法を発動。“逆撫で”で、元範隊の弱体化をはかります。
元範隊は城門を抜けて貞広隊を攻撃。貞広は後退しますが、櫓から矢の雨がふりそそぎ、退却が間に合いません。部隊は全滅して戦場から離脱しました。
しかし、それでも三村元範の怒りは収まりません。そのまま壊滅した貞広隊へと突っ込んできます。
※壊滅した貞広隊は城下を抜けて撤退。貞広は三浦家当主としての役目を果たしたのである。
そこを牧兄弟が迎撃。元範隊は敗走しました。
しかし、元範の撃破とほぼ同時に、牧国信隊も壊滅。
三浦軍は牧良長1部隊となりました。
もはや両軍はぎりぎりの状況。攻める側の方が被害が大きいので、攻撃をしかけるには不足にも思えます。
※当主不在の攻城戦。挑発のない状況で、攻略は可能なのだろうか。
牧良長は130の三浦兵をひきいて東門へと駆けます。敵部隊が東門を守っているとは限りませんが、賭けに出ました。
そして城門の背後に三村側、最後の部隊――庄高資隊を発見します。
※牧良長は玉砕覚悟の突撃をしかけなければならなくなったのだった。
ついに城攻め終盤ですね。このヒリヒリした感じが良いですね。この圧倒的不利から逆転劇があるのでしょうか…
当主でありながら、最前線にて噛ませ犬の役割を果たす貞広公に対し、尊敬の念を感じずにはいられません笑
>セッサイさん
コメントありがとうございます!
これほど少数での合戦は経験がなかったので、かなり緊張しておりました。心臓に悪いですが楽しいです。。
貞広公は戦法が挑発だったことが仇となったというか(^_^;)
ただ、勝利のために全力を尽くす姿に胸が熱くなりました。自分で操作しておいてなのですが……。
読んでいただいてありがとうございます!mm