【本山親茂の野望】その4 周防攻防戦

本山家は、島津の攻略軍を編成。周防攻略軍を本山親茂、長門攻略軍を本山茂宗が指揮し、侵攻を開始しました。しかし、その最前線では島津家の誇る2人の猛将、指月城主・島津義弘、山口館主・立花道雪が守りを固めていました。

motoyama3_4_0※島津義弘はステータスが高く、全国屈指の実力を持っているが、髪型はコロ助なのである。

攻略にあたり、軍団長・村上武吉に出陣を、土居宗珊に九州への陽動作戦を指示しました。島津は本山家の進攻を受けて、九州から本州に向けて援軍を派遣してきました。

本山藍の攻める徳山館では九州から島津の援軍が次々に到着する状況に直面しながらも、攻城戦は難航。雷神・立花道雪がその守備にあたっていて、なかなか崩すことができません。

攻略を急いだ本山家は周防徳山の地で本山21733VS島津19373での大会戦による決着を試みました。

この会戦では本山藍、森田浄雲、土居清良らが頑張り、一時は優位に立って立花道雪を孤立まで追い詰めました。しかし、道雪の驚異的な粘りによって敗北。徳山館の攻略にあたっていた2万の兵は全滅しました。

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※残り992のところで全部隊潰走した。むねん。

一方、本山親茂の攻める周防高森城では鬼島津こと島津義弘が、本山家の兵を寄せ付けません。通常の合戦では分が悪いと考えた親茂は周防高森での大会戦の展開を決断しました。この会戦に勝利すれば、別で進行中の攻略がかなり楽になるはずです。

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兵力は、本山30779VS島津31750です。

motoyama3_4_8※中央に山のある戦場風景。大会戦では初めての状況なので少し戸惑った。この会戦、実は鬼島津と戦ってみたかったという不純な動機で開きました。

島津側は新納忠元を総大将として、島津義弘、島津忠将が中心。そこに先の大会戦を終えた立花道雪が加わった、強力な布陣です。

motoyama3_4_7※兵力の一番多い新納忠元が総大将となった。道雪は強いが、1000くらいのおまけキャラである。

対する本山側は親茂が総大将。将は鈴木重秀、栗山善助、荒木村重、明石全登らです。こちらも良将揃いですが、島津を相手にするのは厳しい。

島津は戦闘能力が高く、普通にぶつかればおそらく勝てません。

しかし、本山家には鈴木重秀がいます。彼の戦法・八咫烏はゲージを4消費しますが、自分の周囲にいる部隊の射撃を強化する強力な戦法です(使ったことはありませんが)。この会戦では八咫烏に命運を賭けてみます。

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※本山家は伝統的に鉄砲をあまり持っていないが、弓でも八咫烏の恩恵は受けられる。

山の上の布陣は優位なので、おそらく島津は山の上を目指してきます。こちらも速やかに山に登って、山上で雌雄を決します。

右側に布陣する国人衆・緑頭領は挑発ができます。うまく行けば敵を山のふもとまで誘い込み、前線から遠ざけることができるかもしれません。というか、遠ざけさせます。

 

大会戦が始まりました。まずは部隊を左方に集中し、鈴木重秀の周りに集めます。右方では、さっそく緑頭領が島津忠将、立花道雪を発見。作戦通り、挑発をして山をおり、敵部隊を本隊から遠ざけます。これにより、山の上では兵力で優位に立ちました。

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※国人衆をこんな風に使うなんて、本山親茂もやはりひどい大名であった。と、緑頭領も思っているかもしれない。

その直後、親茂の本隊近くで敵の主力・新納忠元、島津義弘部隊と遭遇しました。そのタイミングで、重秀の八咫烏を発動。射撃能力が向上した5部隊で新納部隊を矢攻めすると、新納隊が崩れました。

motoyama3_4_11※八咫烏の発動前。重秀の周囲のオレンジになった部隊が強化の対象。思った以上に強力な戦法だった。射撃が強くなるだけでなく、射程も上がる。

が、新納部隊はそれにひるまず、親茂本陣へと突っ込んできました。親茂はあっという間に崩れ、窮地に立たされました。やはり島津の兵は強く、こちらの部隊は次々と潰走します。

motoyama3_4_13※どちらかの総大将が退却した時点で大会戦は勝敗が決まる。こちらの総大将、親茂が全滅するわけにはいかないので後退。

しかし、その乱戦によって新納忠元部隊は一気に兵力を失うことになります。兵を1600ほどまで減らしたところで新納部隊は後退。それを勝機と見て、鈴木重秀、国士元相の計4000ほどの兵が追撃します。

motoyama3_4_14※このあと滅茶苦茶追撃した。右にポツンと居るのは下山した敵部隊を警戒する明石。

最後には重秀が新納忠元を追い詰め、新納部隊は壊滅。敵総大将の撃破により、本山家はなんとか勝利を収めました。

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※さすがに島津は強かったが、家臣団の活躍により勝利できた。

 

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