以下は単なる小芝居なので、読み飛ばしても問題ありません。
家中には義隆が倒れたことで、動き出すものもいた。
―――春日山城
「ゴホッゴホッ……なんじゃ政宗か。信濃で戦をしていたのではなかったのか。また突然に来るな」
「貴様が急病ということでな。戦は部下に任せた。いかがか……お加減は」
「いや、それは結構。しかし、今日は折り入っての話だ……貴様のご息女、潮姫様をいただきたい」
「わかっているだろう……貴様も当主ならば……。家中は皆不安に思っている……この大崎家を継げるものがおらぬこと。このままでは崩壊するぞ……この大崎家は」
「徳川家康、上杉景勝、真田昌幸。さらには最上義光……いまはおとなしいが、やつも貴様の縁戚。貴様なきあとの大崎を狙っている……ゆえ。統べる者が必要だ……この大崎家を。俺だけだ……その適任は。今まで、大崎家のために身を粉にしてつとめてきた……この政宗が大崎家を守り通すと誓おう。一門となった折にはな」
「ここに用意した……書状を。手間はかけさせん……一筆添えるだけでよい。さぁ」
グイグイ
「……ええい、うるさい! ゴホゴホゴホホッン、いかん、病状が悪化した! 今日はもうだめじゃ寝る!」
「義隆め……なかなかしぶとい……あれで。なかなか出ぬな……成果が」
「政宗め……床に付した主君に自分から娘をねだるとは、なんという男だ。儂の基準だとぎりぎり謀反だぞ。 しかし、この高熱。ぬるめの温泉くらいありそうじゃ。確かに儂もそろそろ―――うぅっ」バタッ
・
・・
・・・
「ふくくく……ご冗談を申されるな。殿が死んだのじゃぁ」
「なんと! そんな……。儂はまだ死ぬわけにはいかんというのに!」
「あなたは……大内殿。それどころではありませぬ。戦に政に、忙しすぎて死ぬかと思ったぞ。隆景や惣八郎ともあまり会えぬし。だが上洛すれば、きっと皆にも儂のすごさがわかるだろう。いずれは征夷大将軍となって、ぬふふ……ちやほやされる儂の姿が目に浮かぶわ」
「かっかっか……いいや、いいや。殿はまとまりかかったこの日の本を乱しまくっただけじゃ。へたをすれば、世をかき回した梟雄と呼ばれることじゃろう。引き際が肝心なのじゃぁ」
「少々やりすぎましたな。なぁに、こちらにくれば、現世には無い酒池肉林を味わうこともできましょうぞ。戦や政にあけくれることもなかろうて」
「えっ。大内殿、いま何と? ま、待ってくれ!詳しく、詳しく教えてくれっ!」
・・・
・・
・
「ふへ、酒池……肉林……はっ隆信と、高春……か。……ふぅ……儂が、儂のやってきたことは、一体なんだったのだろうな」
「?……いえ、民の支持はそれなりですよ。我々のしてきたことは、武力によって大崎の世を作り上げること。その過程で世が乱れるのは仕方ないことではないですか」
「ああ、よく覚えておる。特に雪のほどよくかかった栗駒山、実に美しかった。懐かしいのう」
「そうですね。殿はあの景色がお好きでした。しかし、山に雪化粧をする冬は厳しい。雪は、死に閉ざされた世界の象徴でもありますよ。それが美しいというのも不思議なものです。時代……世の名声というのもまた、そういうものかと。いずれは春もきましょう。今、殿が気になさることではありませぬ」
「……そういうものか。儂は今、日照りの夏かと思っておったが」
「ははは確かに。もののたとえです。私も……さんざん振り回されましたが、今では“隆”の字を誇らしく思います。こたびの遠征、必ずや殿に勝利の報をお届けしましょう。それまでゆっくり養生なさってください」
「うむ……儂もとっておきの呪法があるのだ。こたび、ようやく試せるのう」
「そうじゃ。隆信、お前にこの書状を託す。もしもの時に開けてくれ」
(……目立ちたがりの殿のこと、病をおしても出陣すると思ったが、かなり悪いのか。弱気になっておられる。この遠征、何としても成功させねば)
(ふぅ。また酒池肉林を楽しむとするか……ぬふふ。いや、だがその前にもう一仕事あるな……。)
南条隆信ひきいる奥州軍団は、尾張への遠征中であった。
「夜も更けてきた。今日はここまでだな。文様、この遠征も幾度重ねたか。お身体に変わりはありませぬか?」
「いちいち◯◯◯◯◯◯隆信は。◯◯◯だって言ってん◯◯◯。◯◯◯腐ってるんじゃ◯◯◯? ◯◯◯◯◯◯。まったくもう」
「くっ、もう三十路手前だというのに、なんとはしたない……。殿に顔向けできませんぞ。む、北方から……人陰が?」
密使でござる。大崎義隆様、ご逝去。