【扇谷上杉家の野望】その7 房総半島の攻防

佐竹領、常陸の制圧に成功した朝興は、次の目標を下総に定めます。下総は北条と手を組む千葉氏の勢力圏です。北条家と停戦状態であるうちに、北条家の味方を減らすのです。

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※千葉氏の城は支城2つであまり規模は大きくないが、攻略すれば敵が減り当家の力も増すので、一石二鳥である。

千葉家の攻略と平行して、上総の里見家へ外交工作を開始します。停戦期間が終わった後に、共同して房総半島における北条の勢力を排除するためです。

しかし、1538年3月。停戦期間も残りひと月というところで、北条家が里見領・久留里城へと出陣します。

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※久留里城を攻める北条家。その攻略のために1万以上の兵を出していて、これは完全に潰しにきている。侵攻軍の中には猛将・北条綱成の姿が見える。少し前までは居なかったが、花倉の乱が終結して北条家へとやってきたらしい……。

 

朝興としては北条家の勢力拡大は好ましくありません。その攻撃に横槍を入れたいところもありますが、当家はまだ下総攻めの最中。さらに、残りわずか713という深刻な米不足によって兵が出せません。

かと言って、このまま里見家が北条家に吸収されると苦しい状況になります。国力が高まるだけではなく、里見家の優秀な当主・里見義堯を取り込ませることになり、当家との戦力差はさらに開いてしまいます。

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※里見義堯は反北条っぽい雰囲気があるので、是非仲間に引き入れたいところである。画像は1年目の時の画像。

そこでまず、武田家に八王子城への陽動攻撃を依頼。武田家はそれに応えて出陣しますが、北条の攻撃が止む様子はありません。古河足利家と共同して、久留里城の東にある万喜城にまで攻撃を始めます。

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※こりゃいかん。

現在、里見家の領地は久留里城と万喜城のみです。この2城を攻略されると、里見家は滅亡してしまいます。

 

1538年6月、久留里城は落城寸前ですが、北条家は八王子城を防衛するために、上総攻略の兵をある程度引き上げました。万喜城への攻撃も手がゆるみます。

そしてこの月、北条家と今川家の同盟期間が終わり、同盟は解消。駿河の今川家は北条と手を組む厄介な存在でしたが、現在は当家もある程度の信用を獲得しています。その今川に北条を突かせれば……北条と今川を敵対させるチャンスかもしれません。

朝興は今川家に北条家の本拠・小田原城の攻撃を依頼。今川家が攻撃を始めれば、さすがの北条家も上総から引き上げざるを得ない状況となるはずです。

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※小田原城への攻撃を依頼。今川義元も、儂の手のひらの上で踊る「歩」じゃよ……。

しかし、事はうまく運びませんでした。

今川家当主・今川義元は当家の援軍要請を蹴って、ふたたび北条家と同盟を結んだのです。

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※今川家と北条家が同盟を結んだため、今川家は当家の援軍依頼を破棄しました。まぁ、そりゃそうだ。

結局、小田原への攻撃がなかったため、久留里城、万喜城は落城。北条家により1538年7月、里見家は滅亡してしまいました。

 

今川家からは援軍の派遣はしてもらえませんでしたが、北条と対峙した時に当家の敵とならないように、手を結ぶ方針には変わりません。しかし、依頼破棄の直後、外交の再開をしようとしますが……。

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※今川義元「一度関係を絶った相手とは手を結ばない」 浅知恵を働かせると、こういうことになるのである。ええい、今川義元! いい加減にするのじゃ! お前は昔、麻呂っ(ピー音)

今川家の当家への態度は’断絶’となってしまいました。これにより、今川家への工作はできず、同盟を結ぶことができません。今後、この断絶状態はいつまで続くのでしょうか。もしかすると二度と友好関係を結ぶことはできないのかもしれません。

今川を駒として利用せんとした、その対価は高くつきました。

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