☆未読の方はまずプロローグを読んだほうがいいかもしれません。
1592年9月。大崎義隆の野望がふたたび始動しました。
しかし、攻略目標としている蘆名家とは、停戦期間を4ヶ月残しています。そこで、ひとまず磐城の相馬領へと侵攻することにしました。3ヶ月後の12月、相馬家は滅亡。大崎家はその勢いのまま更に南にある岩城領・飯野平城へと向かいます。
※佐竹を攻略するために、このルートを確保することは必要。決して、もののついでで攻略したわけではないのだ。それにしても岩城親隆の顔は面白いですね。
1591年6月、上杉家は大崎家と伊達家の戦に介入します。以前は大崎家に協力した上杉家ですが、今回は伊達につきました。
上杉家家老・直江兼続は米沢城を抜け、大崎家臣・柏山明久が攻める杉目城へと向かいます。