1569年9月。中国地方の情勢は、反毛利連合の結成により停滞していた。しかし畿内では織田信長が足利義昭を擁し、着々と上洛が近づく。歴史に新たな頁が刻まれようとしている。
そんな中、備中の三村家を下した三浦貞広は家中をまとめあげ、さらなる勢力拡大を目指していた――
1569年9月。中国地方の情勢は、反毛利連合の結成により停滞していた。しかし畿内では織田信長が足利義昭を擁し、着々と上洛が近づく。歴史に新たな頁が刻まれようとしている。
そんな中、備中の三村家を下した三浦貞広は家中をまとめあげ、さらなる勢力拡大を目指していた――
日差し照りつける中、戦いが佳境に入ります。備中松山城での合戦は月をまたぎ、8月にさしかかっていました。
敵味方の部隊が次々と脱落する中、残された牧良長隊は東門で城門を守る庄高資と遭遇。攻撃をしかけます。
「備中松山城の戦い」の結果は、両軍1部隊、牧良長と庄高資に託されました。