【三浦家の野望】その3 高田城防衛戦 6件の返信 1536年11月、三浦家は尼子家による侵攻をうけます。尼子国久がひきいる尼子侵攻軍は、三浦領・高田城に迫っていました。 ※尼子一門の尼子国久は武勇にすぐれた将。 続きを読む →
【三浦家の野望】その1美作侵攻 4件の返信 ☆未読の方は、まずはプロローグを読んだほうがいいかもしれません。 1534年6月、三浦家の野望が始動しました。三浦家当主・三浦貞久は周囲を警戒しながら、行動を開始します。 三浦家が生き残るために、まず山名家に接近する必要があります。山名家は当家に“敵視”の立場なので、家宝を贈って敵意のないことを示さなければなりません。貞久はさっそく家宝を買うために商人を呼びつけますが、商人は家宝を売る気がないようです。 ※「家宝を取り扱っていません」と言い張る商人。出し惜しみしているのだろう。家宝を売ってくれるかどうかは多分ランダムである。 続きを読む →
【三浦家の野望】プロローグ 6件の返信 戦国時代初期。中国地方では尼子氏が力をつけ、諸勢力をまとめあげようという動きをみせていた。尼子氏の狙いは山々に囲まれた美作(みまさか)の地にも向けられる。その美作の地には、家名存続をかけて尼子氏と小競り合いを続ける勢力があった。それが三浦貞久ひきいる三浦家である。 続きを読む →
【大崎文の野望】その7 雨垂れ、氷河を溶かす コメントをどうぞ 1612年7月、大崎文は島津義久を御相伴衆に任じます。義久はこれを受諾しました。 ※これで島津家を形の上で大崎幕府に取り込む。 続きを読む →